■磁気シールド材

 PMTを使用する場合の必須要素ですが、それ以外の電子管を使用しない受光では、必ずしも必要ではありません。しかし、出力に電磁波由来と考えられるノイズや変動がある場合、試して見る値打ちがあるといえます。

 一般的によく知られている磁気シールド材として強磁性体素材による遮蔽があります。私はアナログ磁気録音時代から音楽制作に携わっている関係上、磁気ヘッドや磁性体についても学ぶ必要がありましたが(とくに磁気ヘッドの設計や製作に関して)一般的な自作家にとってはあまり馴染みが無いかもしれません。
 強磁性体で覆うことで磁気遮蔽できる理由は、磁界とは磁力線の通過であり、磁力線はより通過しやすいところを通過する、という性質があるため、磁気から遮蔽したいものを、磁気が通過しやすいもので覆うことで、磁力線をそちらへ導き、結果的に内容物を磁力線が通過しないようにする技術です。

磁力線の通りやすさを透磁率といい、真空を1としたときの比で表します。
(訂正:2013_10_27)

通常の鋼板(SS400)で2000~3000程度、純鉄で2500~3400、磁気を利用するトランスのコア材(珪素鋼板・無方向性)で4600、高性能コア材(珪素鋼板・方向性(オリエント鋼板))67000、高性能磁性材料であるパーマロイ(45Ni)60000、同(78Ni)200000 と様々です。

 当然、透磁率が高いほど強力な磁気遮蔽効果が得られるのですが、単なる鉄板と高性能コア材では数十倍以上の違いがあり、これは同じ性能を得るのに、その倍率の遮蔽厚みが必要であることを意味します。
中野パーマロイ社のサイトから一覧を引用します。

http://www.nakano-permalloy.co.jp/j_shield_room.html

組成 熱処理 最大透磁率 磁気飽和(T) 保磁力(A/m)
通常鋼板 SS400 0 2100 2.30 80.0
620℃ 3100 2.30 80.0
純鉄 不純物<0.5% 0 3400 2.30 53.0
820℃ 2500 2.30 80.0
珪素鋼板 無方向 800℃ 4600 2.11 120.0
方向性 800℃ 67350 2.03 4.6
PBパーマロイ 45Ni 1100℃ 60000 1.50 10.0
PCパーマロイ 78Ni 1100℃ 200000 0.70 0.8


 透磁率のみに着目するとPCパーマロイは非常に高性能ですが、磁気飽和が低く(低いといっても0.7テスラ)また熱処理(水素雰囲気中でのアニール)が必要で、また、高価です。
 この表中でもう一つ注目しなければならないことは、最後の保持力で、この数値が大きいと、外部から加えられた磁界が取り除かれても、磁力を保持したままということで、せっかく磁気遮蔽しても、その後影響が残り続けることを意味します。
 磁気が残留しているという事は、スペクトロメトリー横軸の狂いが持続したままになることを示します。
この点でもPCパーマロイは大変優秀ですが、高価です。

☆高性能磁気材の取り扱い

 材料学的な詳しい解説は省略しますが、この高い透磁率や飽和磁束密度、低い保磁力は、素材の結晶構造や配向と密接に関連があります。このため、その特性を得るためには特有の化学的雰囲気でのアニーリング(焼き訛し)が使用されています。結晶構造を変質するような加工は、この優れた特性を失わせる原因となるので、加工には十分配慮する必要があります。
 該当する加工は、強い力による機械加工(切断・曲げ・展開)、加熱などで、簡易には保持力が上昇(着磁するようになる)などが見られます。金バサミなどでの切断面などがこれにあたりますが、慎重に行えば劣化の度合いは低いようです。また、急角度での曲げも、できるだけ避けましょう。叩き伸ばすなどはもってのほかです。

△オリエント鋼板の入手

 珪素鋼板を製造する際に、結晶方向をそろえることで「方向性」が得られるのですが、方向性からオリエント鋼とも呼ばれます。

 この材料を使用している工業製品としては、確実なところでは、カットコアトランスのコア材、トロイダルトランスのコア材がそれにあたり、EIコアトランスでは、オリエント鋼が使用されているかは不確実(大型のものでは使用されていない可能性が高い)。また、EI型などでは鋼板が厚く加工しづらい場合が多々あります。

<トランスなど>

 筆者は、仕事が音楽・電気音響分野なので、身の回りには高出力の音響用電力増幅器の壊れたものが豊富にある。その中には優良なオリエントコア材を用いたトロイダルトランスを内蔵した製品も多く、それを分解して遮蔽材として使用している。
 この写真ではYAMAHA製PC-2002Mのトランスを使用していますが、このトランスは1次側コイルが断線しています。このアンプは非常に堅牢で滅多な事では壊れないのですが、おそらく野外イベントなどでアイドリング状態の発電機からの数Hzの電源を接続し、しかも不正なヒューズの使用で焼損したもののようです。つまり、コアが帯磁している可能性があるので、PMTへの使用前に脱磁を行うべきです。

<コア材取り出し>

 この機種に使用されているトランスは、放熱と機械的安定のために樹脂でモールドされ、さらに電気的・磁気的シールドケースに収まっています。構造は強固で容易には分解できませんが、ディスクグラインダーにカーボランダム切断用のディスクを装備し、外側ケースから切断し、カバーを除去し、モールド樹脂はコアに損害を与えない程度にハンマーで崩します。
 巻き線は純銅で高価材料で、後にγ線遮蔽体として再利用するので、できるだけ回収できるように能率よく解体します。巻き線を切断するのも、ディスクグラインダーが効率的で、トロイダル中心部分を叩き出せるように切断し、コアと分離します。不要な場合は、金属材料リサイクル業者に持って行くと、思わぬ高額で買い取ってもらえます。

△環境中に存在する磁界
(△地磁気磁束密度:60μT(マイクロテスラ)を参考に)

 PMTの磁気遮蔽について、どれくらいの遮蔽能力を想定するかも課題ですが、スペクトロ・サーベイメータとして様々な場所での使用を考えると、ベクレルモニターなどと比較して、十分な遮蔽性能を備えたい。
 実際に、どのような場所にどのような磁気が存在するだろうか。電力線(普通の電柱や高圧鉄塔の下)、家屋内(通常は商用電力の引き込みが有り、使用もされている)、各電器機器の電源部、PC、電車内や自動車などの交通機関、、距離にもよるが地磁気よりも高い磁束密度の場所も多く存在している。

(注:一般的に交流磁界は周波数が低いほど波長が長くなり、より遠くまで影響を及ぼす。逆に携帯電話などのGHzオーダーの短波長では、磁気波長が短いため磁界としては極近距離で閉じてしまう)

参考として環境省の「生活環境中電磁界に係る調査 報告書」という資料がある。(この研究は別の意味で話題になったものですが、・・)

http://www.env.go.jp/chemi/report/h17-08/

 この中で記載されている数値から推定すると、一般的な生活環境下では、地磁気程度に対応できる磁気遮蔽で、実用的な遮蔽と言えそうだが、VVVF電車車両やリニアモーターカーなどではさらに強力な遮蔽がないと、安定動作は困難なようだ。
 また直流磁界(静磁界)である永久磁石を使用した器具(小型モーター、HDD、スピーカー)などでは、磁気エネルギーが小さくとも遠距離まで影響を及ぼす可能性があるので注意する必要がある。

▲鉄系合金を放射線検出器周辺に用いる場合の注意

 第二次世界大戦後、素鉄生産は、その品質管理のために、極微量のコバルト60が配合されているそうです。コバルト60は1173keV、1333keVの2つのスペクトルが観測されることが知られていますが、素鉄を材料に珪素鋼板もパーマロイも生産されるため、コバルト60が含まれる可能性があります。

<60Coスペクトル>

 先ず遮蔽装置に加工する前に、素材の段階で計測確認しましょう。

 上図スペクトルは高純度の一定の強さのテスト線源の観測データで、鉄に含まれていても、普通はわずかな小山としてしか観測できません。

<想定される60Coスペクトル>

遮蔽装置は、PMTを取り囲むような形に整形しますが、トロイダルトランスの場合、コア塊の状態で計測すると加工後よりも発見しやすい。
 絶対的なピークの確認よりも、同じか十分に長時間のBGとの差分によって捜すと、見つけやすいでしょう。
 ベクレルモニターなどの用途に使用するときに、これらのスペクトルが表れる場合、使用を見合わせたほうがよいかもしれません。しかし、磁気遮蔽は必須であることから、できるだけ高い透磁率の素材を、必要最小限用いることがベストと言えます。

(地磁気などの安定した直流磁界は、設置後のキャリブレーションや校正で取り除く(補正)することができますが、生活環境下には50Hzや60Hzとその倍音からなる交流磁界が満ちていて、これを校正などで取り除くことはできないからです)

○磁気シールドが必要な部分を確認する

磁気シールドは、PMT部分全体について覆い隠す必要がある。

<Atom Spectra detectorと内容物>

 この範囲が磁気シールドの必要な部分で、範囲全体をカバーできるように寸法を決定します。
 入手したオリエント鋼板は幅が60mmでしたが、トランスのコアは各種の幅があり、またプローブの形状も様々なので、一般的な注意点について記述します。

○工作

 入手したコア材は、厚さ0.3mmで、地磁気程度の磁力線回避では1重で十分な効力が期待できますが、実際に1重では、合わせ目部分の磁気抵抗が大きく特定の方向からの磁束が、うまく回避できません。安定した計測のためには方向に依存しない配慮が必要で、そのためには、1重の場合でも合わせ部分を最低1/4周程度(工作の精度にもよります)オーバーラップさせた方が良いようです。

 様々な環境での十分な磁気耐性のためには、この0.3mm鋼板の場合、5~7重程度必要ですが、緩い巻き状態と、きつく巻き絞め、固化一体化したものでは同じ量の鋼板を使用した場合でも、セットとしての透磁率は後者の方が高くなります。必要周回分を切り取りますが、まっすぐに伸ばしたりしないように注意。また溶剤で、表面を洗浄。

 対象物にうまく合う寸法にし、固化一体化するためには、加工用の治具が必要で、最寄の寸法の塩ビ管に、養生テープを必要量貼り、プローブ最大径+4mmほどのものを用意します。エポキシ樹脂で固化するため、治具表面には水道配管用のフッ素樹脂テープを巻いておきます。この処理をしておかないと接着されてしまいます。

<治具>

 冶具に巻きつける前に、やや細めの棒冶具を用いて、十分に巻き細め、冶具への落ち着きを良くしておく。
 テーパー部分がある場合は、この段階で金バサミ等で切り込みを入れておく。
 巻きつけ冶具は、所定の太さよりも小さい直径のものを、いくつか容易しましょう。

<テーパー部切込み>

 金バサミなどで切断すると、板材に歪みが生じるので、ラジオペンチなどで修正します。とくにV字の根元部分は「割れる」原因となりやすく、盛り上がりができるために、きれいに巻き絞れなくなります。叩かずに修正を行います。

<テーパー部の修正>

 テーパー部以外の部分に12時間硬化エポキシを塗り、冶具にはめて、外側を針金などで絞めこんでいきます。60度~70度で加熱硬化します。

 硬化したら、冶具につけたままテーパー部分の加工をします。
円筒部分に影響を与えないように、テーパー部分を内側から1枚ずつ寸法を合わせながら曲げていきます。漫然と曲げず、根元から必要角度まで一気に曲げるのですが、力加減にコツが要ります。完成状態を想像しながら作業しましょう。

<テーパー部の曲げ加工>

 テーパー部分の曲げが完了したら、この部分にもエポキシを十分に塗布し、写真のようにクリップで仮固定し、加熱硬化します。

<テーパー部の固化>

 円筒部、テーパー部の固化ができたら、エポキシや曲げバリ部分をゆっくりと無理なくヤスリ掛け(最低限に留める)。
 うまく出来上がっていれば、叩くとコーンといい音で響きます。
 その後、ガラステープなどの構造維持部材をしっかりと巻きつけ、防錆のため(金属部分が露出していると、錆びが生じやすい)シリコン・アクリル系の塗装を行い、仕上げます。この塗装は、耐久性が高く、汚損から保護する機能もあります。

 プローブの接合部分はブチルゴムテープで気密にします。
 プローブにもウレタンクロステープまたはガラステープを、完成した磁気シールドとの間にガタが出ない寸法になるまで巻きます。

<テープによるインシュレーション>

 このテープはかなりきついくらいのジャストサイズで巻きます。これは、プローブを手に持つ場合、この部分を持つことが想定されるので、落下事故を防ぐ意味でも入念に作業します。

 細い円筒部はエポキシ固化したものと、していないものの両方を試用中で、どちらが好適かの結論は出ていません。先の落下事故防止には、固化せずにテープの上から、巻き絞め固定した方が、すっぽ抜ける可能性は低くなります。
(プローブ本体側と滑らないように、最内周部分を両面テープなどで半固定する)

<巻き絞め型のシールド>

<ZENA&GIERA>

 デシケータに格納したプローブ。両者で磁気シールドの取り付け方が異なっています。固化したタイプでは、不用意に抜け去る(=落下などの事故)を防ぐために、シールドをセットした状態で、テープにより固定します。

 参考までに地磁気の影響計測の写真を提示します。
簡単なようで再現性のあるテストはなかなか難しく、写真のようなターンテーブル(回転台:百円均一店取り扱い)を用意し、目盛りを振り、プローブを転がらないようにしっかり固定し、所定の角度ずつ回転させ計測します。
 水平置きの場合、転がると正確なデータが得られません。

<水平方向テスト>

<垂直方向テスト>

 磁気シールドがうまく機能しているなら、下図のように影響が見られなくなります。

<地磁気の影響(カリウム40マーク)>

○電気的処理上の注意

 静電シールド効果は期待できないため、磁気シールド材そのものは原則としてアースには接続しません。本体金属ケースがある場合は、そのアースとは絶縁処理します(それぞれを分離した方がよりよい結果となります)。
 直流磁界(地磁気)であっても、移動などで磁束変化があった場合、磁気シールドへ磁束誘導しているのですが、磁束変化があると変化に応じた誘導電流が流れようとするのですが、静電シールドに電気接続があるとそちらへ流れようとします。
 コア自体が積層構造になっている(トロイダルの場合は巻物)のは、積層された鋼板に電流が流れないようにするためで、各鋼板はEIでもトロイダルでも絶縁処理がなされています。